2021年7月某日 診察

傷病休職, 希死念慮, 適応障害

前回はこちら


毎日、死にたいと思ってる

いなくなるのは社会のため、家族のため

前の金曜日に私が家族に漏らした言葉だ。

傍目には「心のSOS」に見えるもので、実際そうだったのかも知れないが、

このときの私にとってはただの素直な気持ちの表明のつもりだった。


実際に何度かこういうこともしていた:

高い建物の中から下を見下ろし、「この高さなら死ねる」「でも、単独の事故に見せかけた自殺には仕立て上げられそうにないな」などと考え、飛び降りるのをやめた。

日々、死にたい消えたいと考えてはいたものの、「家族を残して自殺した」となってしまっては家族のその後が心配だった。

「お前というものがいながら」と家族は間違いなく親族から責められる。

そうなると家族はとても生き辛い。

このような事態は避けたい。

だから「単独の事故に見せかけた自殺」にしたい。

そうすれば家族は「不慮の事故で家族を失った可哀想な人たち」という目で周囲から物理的・精神的に支援してもらえる。


と、考えていた。

冒頭の私の言葉を受けた家族の反応は、驚き、心配、立腹だった。

「そういう思考になるのが信じられない」「今すぐお医者さんに行って」「家族のことも考えずに・・・まじ腹立つ」

先ほどのような心境で家族に勧められるまま心療内科を受診したものだから、

お医者さんには色々と注意を受けた。

例えばこういう具合に:

死にたいとか消えたいとか考えるなとは言いませんよ。でも本当に家族に申し訳ないと思うのなら、絶対にそれを実行してはいけません。いいですか、大事なのでもう一度言いますよ。死にたいとか消えたいとか考えるなとは言いません。でも、家族に申し訳ないと思うのなら絶対に実行してはいけませんよ。

不思議なもので、月曜日の朝などに仕事のことを考えると吐き気がしたりいつの間にか涙が出ていたくらいに気持ちが軋んでいたのに、

お医者さんから受けた注意は頭にスッと入ってきた。

元々そのような気持ちが残っていただけなのかも知れない。分からない。

結局私は適応障害と診断され、1ヶ月間の休職のための診断書が発行された。

自分の仕事が突然止まることで、ただでさえ普段から迷惑ばかりかけている職場の同僚や上司に更に追い打ちで特大の迷惑をかけることになるのが心苦しかったが、

これまで通りの生活を続けて家族に心配をかけ続けることの方が心苦しいと思えたので、明日はお医者さんに言われた通り職場の休職制度を確認し手続きに入ろうと思う。


次回はまだ書いてません。